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東京地方裁判所八王子支部 昭和52年(ワ)1334号 判決

(昭和五二年(ワ)第一一一四号事件原告、同年(ワ)第一三三四号事件被告、同年(ワ)第一五六八号事件被告、以下単に原告という)

原告 小野沢孝

右訴訟代理人弁護士 横山唯志

同 佐藤英二

(昭和五二年(ワ)第一一一四号事件被告、同年(ワ)第一三三四号事件原告、以下単に被告という)

被告 甲野太郎

右第一一一四号事件訴訟代理人 近藤僚二

(昭和五二年第(ワ)一一一四号事件被告、同年(ワ)第一五六八号事件原告、以下単に被告という)

被告 鴨下金助

右訴訟代理人弁護士 染谷寿宏

同 海老原照男

主文

一  昭和五二年(ワ)第一一一四号事件につき

1  被告甲野太郎は原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地につき東京法務局府中出張所昭和五二年八月一九日受付第三六七八四号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

2  被告鴨下金助は、原告から金七一五万円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し別紙物件目録(一)記載の土地につき、昭和五二年六月二〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  昭和五二年(ワ)第一三三四号事件につき

1  被告甲野太郎の原告に対する請求を棄却する。

2  訴訟費用は同被告の負担とする。

三  昭和五二年(ワ)第一五六八号事件につき

1  被告鴨下金助の原告に対する請求を棄却する。

2  訴訟費用は同被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  昭和五二年(ワ)第一一一四号事件

1  請求の趣旨

主文と同旨

2  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  昭和五二年(ワ)第一三三四号事件

1  請求の趣旨

(一) 原告は被告甲野太郎に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去し、同目録(一)記載の土地を明渡せ。

(二) 原告は被告甲野太郎に対し、昭和五二年九月一日から同年一一月五日までは一ヶ月金五二五〇円、同年一一月六日から右土地明渡ずみに至るまでは一ヶ月金一万八〇〇円の各割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は原告の負担とする。

(四) 第(二)項につき仮執行宣言。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

三  昭和五二年(ワ)第一五六八号事件

1  請求の趣旨

(一) 原告を申立人、被告鴨下金助を相手方とする東京地方裁判所八王子支部昭和五一年(借チ)第一九号増改築許可申立事件につき、昭和五二年六月二〇日同裁判所において成立した和解は無効であることを確認する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

(昭和五二年(ワ)第一一一四号)

一  請求の原因

1  原告は昭和三四年より東京都小金井市緑町一丁目二三三八番三の宅地約一六八坪余―五五六・四九平方米―のうち約三五坪(その後分筆により別紙物件目録(一)記載の土地となる。以下、本件土地という)を被告鴨下から普通建物所有目的で賃借してきたが、地上建物の増改築をするため同被告を相手方として昭和五一年一二月二日東京地方裁判所八王子支部に増改築許可の申立をなし、該事件は同庁昭和五一年(借チ)第一九号事件として係属、審理されてきたところ、昭和五二年六月二〇日被告鴨下との間に別紙和解条項記載の約定で裁判上の和解が成立し、原告は同被告所有の本件土地を買受け、同日その所有権を取得した。

2  その後、本件土地については、昭和五二年七月一五日付売買を原因として同年八月一九日東京法務局府中出張所受付第三六七八四号をもって被告甲野のため所有権移転登記がなされていることが判明した。

3  よって原告は被告甲野に対し、本件土地所有権にもとづき右所有権移転登記の抹消登記手続をなすよう求めると共に被告鴨下に対しては前記売買契約にもとづき原告から代金七一五万円の支払を受けるのと引換えに本件土地につき所有権移転登記手続の履行を求める。

二  認否

(被告鴨下)

1 請求の原因1は売買契約の効力を争い、その余の事実は認める。

2 同2は認める。

(被告甲野)

1 請求の原因1は不知。なお、仮りに原告主張の和解契約が成立したとしても別紙和解条項によれば、原告と被告鴨下間の売買契約において代金の支払は昭和五二年八月二〇日までに被告鴨下のなす所有権移転登記と引換えになされることになっているから、前記和解期日に原告が本件土地の所有権を取得する筈はない。これを裏付けるものとして原告自身本訴提起後も本件土地の所有者は被告鴨下か被告甲野のいずれかであるとして従前の賃貸借契約の存続を前提に賃料を継続して供託している事実がある。

2 同2は認める。

三  抗弁

(被告鴨下)

前記裁判上の和解は次のとおり錯誤により無効である。

1 被告鴨下は前記和解に応ずるに際し、同人が依頼した弁護士から原告には借地権があるから永久に賃貸し続けねばならず、もし明渡を求めるなら明渡料として金一〇〇〇万円は必要であり、それができないなら本件土地を原告に売渡す以外に紛争解決の方法はないように説明され、立退料の余りの多額に被告鴨下はすっかり当惑し混乱してしまって法律的無知も加わり、裁判の場のふんいきにのまれて本件土地を原告に売却するほかに紛争解決の方法がないように誤信するにいたった。かくて前記申立が本来増改築の問題であることさえ忘れて裁判も売買案について判断されるものと誤信するにいたり、本件土地売却を骨子とする前記和解に応じたものである。

2 しかしながら真実は被告鴨下には本件土地を原告に売却する法的義務は存在しないし、明渡料も必ずしも金一〇〇〇万円という価格になるわけのものではなく、また、本来増改築の問題であるから、これについての判断を求めれば良く、売買案は一切拒否し、賃貸借を継続しても何ら差支えはなかったのである。

3 以上の次第で被告鴨下には本件土地に関する原告との権利関係ないし法律関係につき重要な錯誤があり、その錯誤は同被告にとって重要財産の処分に関して生じたものであるから要素の錯誤と同視さるべきものであって、その錯誤がなければ被告鴨下は本件土地を原告に売却する筈はなかったものである。なぜなら被告鴨下と原告は隣人同志であるが、朝夕の挨拶さえ交わさないほどの感情的対立状態にあり、被告鴨下としては一日も早く原告に本件土地を立退いて貰うことを切望していた者で本件土地を原告に売却することなど夢想だにできない状況にあったものであるからである。

(被告甲野)

1 前記被告鴨下の錯誤による和解無効の抗弁と同旨。

2 被告甲野は昭和五二年七月一五日被告鴨下から本件土地を買受け、その所有権を取得した。

四  抗弁に対する認否

(被告鴨下の主張に対し)

前記和解が錯誤により無効である旨の被告鴨下の主張はすべて否認する。

1 被告鴨下は本件土地の賃貸借をなすにつきわざわざ公正証書を用いて契約を締結したものであるし、和解成立後の同被告の背信行為からして同被告には土地賃貸借に関する充分な法律知識を有していると思われるうえ、数回にわたる前記借地非訟事件の審理において常に代理人の乙山一郎弁護士と共に出頭し、同弁護士から法律上の適切な指導、助言が受けられた筈であるから被告鴨下主張の如き錯誤が存在する筈はない。

2 被告鴨下にその主張の如き錯誤があったとしても、それは単なる動機の錯誤の域を出でず、意思表示の内容として相手方に表示されていない以上要素の錯誤とはならない。

3 仮りに被告鴨下にその主張の如き錯誤があったとしても、前記和解は法律専門家として弁護士である乙山代理人の出頭のもとに成立したものであり、同代理人の和解における意思表示に錯誤は考えられないから民法第一〇一条により和解は被告鴨下に対し有効に成立したものである。

(被告甲野の主張に対し)

1 抗弁1につき被告鴨下の認否と同旨。

2 抗弁2の事実は否認する。

五  再抗弁(被告甲野の抗弁に対し)

1  通謀虚偽表示

被告鴨下と被告甲野間に本件土地売買契約がなされたことはなく、本件土地につき被告甲野に対する前記所有権移転登記は原告に対抗するため両者通謀してなした虚偽表示にもとづく無効の登記である。

2  背信的悪意の取得者

被告甲野は以下のとおり背信的悪意の取得者といわざるを得ないから原告の登記の欠缺を主張できる正当な第三者に該らない。すなわち被告甲野は司法書士を業とし、前記和解による売買契約の履行として被告鴨下から土地の分筆、本件土地につきなされていた抵当権設定登記の抹消及び原告への所有権移転の各登記手続をなすよう依頼をうけたものであるが、同被告は被告鴨下と原告間の本件土地売買契約の成立したこと、その経過を知悉しながら、あえて本件土地を被告鴨下から買受け、所有権移転登記を経由した背信的悪意の取得者である。

六  再抗弁に対する認否(被告甲野)

いずれも否認する。

(昭和五二年(ワ)第一三三四号)

一  請求の原因(被告甲野)

1  訴外鴨下は原告に対し昭和三四年一〇月一日本件土地を建物所有を目的とし、期間二〇年、賃料一ヶ月金五二五〇円(現在額)、毎月末日持参払の約定で賃貸し、原告は同地上に別紙物件目録(二)記載の家屋を建築所有し、以後本件土地を占有使用している。

2  被告甲野は昭和五二年七月一五日訴外鴨下から本件土地を買受け、同年八月一九日所有権移転登記を経由して前記鴨下の賃貸人たる地位を承継した。

3  被告甲野は原告に対し昭和五二年八月二九日付文書をもって賃貸人たる地位を承継した旨通知すると共に同年九月分以降の賃料は被告甲野方に持参支払うよう通告し、同通告は同月三一日原告に到達した。原告は九月分賃料の支払を遅滞したので同年一〇月五日付文書をもって再度履行を催告したところ、原告は「債権者を確知できない」として訴外鴨下、被告甲野両名宛に賃料供託の挙に出たので被告甲野は現実に履行の提供をしない賃料供託は不適法である旨付言して更に同年一〇月一七日かかる方法によることなきよう警告して支払を求めたが、原告は前同様の理由により一〇月分賃料も供託した。そこで被告甲野は賃料不払を理由に同年一一月四日原告に対し契約解除の意思を表示し、同通知は同月五日原告に到達した。

4  訴外鴨下と原告間の本件土地賃貸借契約における賃料は一ヶ月金五二五〇円であったが、本件土地の賃料相当損害金は一ヶ月金一万八〇〇円が相当である。

5  よって原告に対し前記賃貸借契約解除にもとづき請求の趣旨記載の判決を求める。

二  認否

1  請求の原因1は認める。

2  同2は否認する。

3  同3のうち被告甲野が原告に対し昭和五二年一〇月五日付文書をもって同年九月分の賃料の支払を催告したこと、原告が債権者を確知できないとの理由で右賃料を供託したこと及び被告甲野が同年一一月四日本件土地賃貸借契約解除の通知をなし、同月五日右通知が原告に到達したことは認めるがその余は否認する。

4  同4のうち本件土地の賃料が一ヶ月金五二五〇円であることは認めるが、その余は争う。

5  同5は争う。

(昭和五二年(ワ)第一五六八号)

一  請求の原因(被告鴨下)

1  原告は昭和五一年一二月二日被告鴨下を相手方として東京地裁八王子支部に増改築許可の申立(同庁昭和五一年(借チ)第一九号)をなし、昭和五二年六月二〇日右事件につき当事者間に別紙和解条項記載の如き和解が成立した。

2  しかしながら右和解は前記昭和五二年(ワ)第一一一四号事件における被告鴨下の抗弁記載のとおり錯誤により無効である。

3  よって請求の趣旨記載の判決を求める。

二  認否

1  請求の原因1は認める。

2  昭和五二年(ワ)第一一一四号事件における被告鴨下の抗弁に対する認否のとおりである。

第三証拠《省略》

理由

第一昭和五二年(ワ)第一一一四号事件について

一  事実の経過

1  原告は昭和三四年より東京都小金井市緑町一丁目二三三八番三の宅地約一六八坪(五五六・四九平方米)のうち三五坪(その後分筆により別紙物件目録(一)記載の土地―本件土地―となる)を被告鴨下から普通建物所有目的で賃借してきたが、地上建物の増改築をするため同被告を相手方として昭和五一年一二月二日当庁に増改築許可の申立をなし、同事件が当庁昭和五一年(借チ)第一九号事件として係属、審理されてきたところ、昭和五二年六月二〇日被告鴨下との間に別紙和解条項記載の約定により原告が同被告から本件土地を買受けた旨の裁判上の和解が成立したことは、原告と被告鴨下関係では当事者間に争いがなく、被告甲野関係においては、《証拠省略》により明らかであり、他にこれに反する証拠はない。

2  《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。

(1) 原告が被告鴨下を相手取り増改築許可の申立をなすにいたったのは、子供の成長にともない勉強部屋の増築の必要を感じるようになったが、被告鴨下との本件土地賃貸借契約においては無断増改築禁止の特約がなされていたので数回地主である同被告と交渉したものの地主側では期限が到来したら明渡して貰いたいということで物別れに終ったためである。同被告は原告の前記申立に対応するため乙山一郎弁護士に事件委任をしたが、同弁護士は現行借地法運用の実際から増改築は許可されるであろうと推測し、当初は費用がもったいないから答弁書を自分で書いて裁判所に提出すればあとは鑑定委員会で適当な承諾料の額をきわめてくれるから自分でやればよいと訓したが、承諾料はいやでなんとか立退かせて貰いたいといわれて立退料が出せるかと反問したところ、同被告においては立退料を出す能力がないという答だったので、それではいっそ売却してはどうかとはかったところ値段によっては売却も止むを得ないという答であったから、それなら原告側弁護士と交渉の余地があるとして同弁護士も事件を受任したものである。

(2) 前記事件は第一回の申立書、答弁書の陳述後、前記の事情から被告鴨下側は増改築の承諾料、土地明渡の場合の条件、底地売買価額の三点について裁判官を通じて原告側に打診し、第二回期日以降被告鴨下側は期限後の本件土地明渡を前提としない増改築には承諾を与えないという方針のもとに土地明渡または底地売買の二点について話し合いがなされた。同被告側は強く本件土地の明渡を望んでいたが、裁判官からも借地法運用の実際をことこまかに説明され、右希望の実現する見込みの少ないことを教えられ、乙山弁護士からも同様の説明が繰りかえされた結果同被告も不本意ながら賃貸借の継続がいやなら売却せざるを得ない心境になり、当時坪当りの時価は四〇万円ぐらいと考えていたから、少くとも半分の坪当り二〇万円借地面積三五坪として七〇〇万円での売却なら応ずるというところまできたこと、乙山弁護士としては右金額は底地価格としては過大であり、和解は無理であろうと判断して和解打切りの覚悟でいたところ相手方が応ずるところとなったので同行していた被告鴨下夫婦、その息子である鴨下明の了承を得て和解成立の運びとなったものである。

(3) もともと本件土地賃貸借契約においては一筆の土地のうちの三五坪という形で賃貸されていたので売却ということになれば、分筆のため実測の必要があるが、地上建物の敷地売却ということで売買当事者間には本件土地の範囲は特定しており、あとは実測してメートル法による面積を算出するだけであり、和解成立時における当事者の意思は同日売却したことに重点があったから、和解条項では土地の範囲を図面上で明確にし、後日の実測でメートル法による面積が算出された場合一坪三・三平方メートル当り二〇万円の額で代金を計算し、支払を履行することとして(期限は同年八月二〇日)同日本件土地を「原告が買受けた」と表示したものである。被告鴨下側では分筆移転登記手続については心当りの司法書士に自分の方で頼むというので乙山弁護士は原告側は金繰りの都合で履行期限を八月二〇日としたが、早く資金手当ができたら期限前でも履行して貰いたいと希望しているから被告鴨下側でもできるだけ急いで移転登記ができるようにして貰いたいと話して別れた。

(4) 被告鴨下は和解成立後一、二日あとには以前から知り合いの司法書士である被告甲野太郎を訪れて和解条項にしたがい分筆手続と移転登記手続の依頼をしたところ、被告甲野から分筆移転登記をするについてのいきさつを訊ねられて不本意ながら売却の和解に応じた旨を話した。当時被告甲野は現住家屋が手狭で何処かに土地を求めたい希望があり、被告鴨下からは不本意な和解といわれ、事情を聞いてみて和解により私法上の売買契約は成立しても土地所有権の移転はないと判断し、あとの面倒は一切自分の方で引受けるからとして被告鴨下に対し本件土地の売却方を懇請し、同被告の承諾を得て本件土地の分筆、移転登記手続をなし、昭和五二年七月一五日付売買を原因として同年八月一九日東京法務局府中出張所受付第三六七八四号をもって被告甲野のため本件土地につき所有権移転登記がなされるにいたった(登記がなされたことは被告両名関係で当事者間に争がない)。その結果本件土地の地積は一一七・九八平方メートルと定ったので和解条項に従って計算すると前記和解による売買代金は七一五万円となる。被告甲野は自己名義の所有権移転登記を了するまでは被告鴨下の息子明をして乙山弁護士の問い合せに対し抵当権の抹消に時間がかかるというような云訳をさせて時間を稼ぎ、登記を了するや乙山弁護士に対し、同弁護士は悪い弁護士で原告と通じて被告鴨下に無理に本件土地を売らせたから、自分は気の毒に感じ一切解決したら七〇〇万円プラス税金と同弁護士に払う弁護士報酬を加算した金額で買うことにして自己名義に登記を移した旨同弁護士を誹謗するような電話をかけたりした。

(5) かくて被告甲野は原告に対し土地賃貸人になったから地代を支払うよう催告し、これに対して原告が債権者を確知できないとして従前の賃料を被告鴨下、同甲野宛に供託するや不適法な供託であり、賃料不払を理由に本件土地賃貸借契約を解除する旨の内容証明郵便を出したりしている。被告甲野の計算によれば現在本件土地の更地価格は坪当り六〇万円を超えており、原告との残存賃借期間が経過すれば更新は考えず、訴訟を起してでも本件土地の明渡を強行する予定で原告と被告鴨下間の前記和解に第二買受人として介入するにいたったものである。

《証拠判断省略》

二  前認定の事実によれば原告は昭和五二年六月二〇日前記和解により本件土地所有権を取得したものと解するのが相当である。けだし和解条項によれば土地の実測により面積の増減があった場合には三・三平方メートルあたり二〇万円の価格による計算により代金の増減がなされ、代金は同年八月二〇日迄に相手方のなす所有権移転登記と引換えになす旨約定されているから、所有権移転時期も登記と引換えに代金支払がなされた時と解する余地がないではないが、前認定の如く、本件土地の範囲は図示されて当事者間では云うまでもなく特定しており、また、原告は勿論、被告鴨下においても消極的ではあるが、前記和解時点においては、これにより一切を解決し、本件土地賃貸借をめぐる原告側との紛争に終止符を打ちたい気持ちで和解に応じたものであり、このことは「原告が本件土地を買受けた」と表現されている和解文言に徴しても明らかというべく、これら当事者の合理的意思を推測すれば前記和解により本件土地所有権は原告に移転したと解するのが相当であるといわねばならないからである。なお、被告甲野のため本件土地につき原告主張の如き登記の存在することは被告両名関係において当事者間に争がない。

三  そこで、以下、抗弁、再抗弁について検討する。

1  被告らは、前記和解は被告鴨下の錯誤にもとづきなされた無効の和解である旨縷々主張するが、前認定の経過に徴し前記和解において被告鴨下にその主張の如き錯誤があったとは到底受けとれず、被告らの右主張は多言を用いるまでもなく失当である。

2  被告甲野は、前記和解後の昭和五二年七月一五日被告鴨下より本件土地を買受け、所有権移転登記を経由した旨主張するのに対し、原告は右登記は被告鴨下、同甲野が売買を仮装してなした通謀虚偽表示であり、然らずとするも被告甲野は本件土地につき背信的悪意の取得者というべきであるから、原告は登記なくして本件土地取得をもって同被告に対抗し得る旨抗争する。

(1) 被告甲野が昭和五二年七月一五日被告鴨下より本件土地を買受け、その旨所有権移転登記を了したことについては、さきに明らかにしたとおりである。

(2) 右登記が被告甲野と被告鴨下の売買を仮装した通謀虚偽表示によるものと認むべき証拠はない。

(3) しかしながら前認定の事実経過によれば、被告甲野は司法書士という職業柄分筆、移転登記手続の依頼をうけ、原告と被告鴨下間の前記和解の事情を知悉するにいたったにもかかわらず、自己の利益を計る目的で原告に対抗要件たる所有権移転登記がなされていないのを奇貨としてもっともらしい理由をつけて時を稼ぎ、その間に自らの手で自己名義の所有権移転登記を受けるや一方的に和解における被告鴨下代理人を誹謗するなど著しく信義に反する介入をなした者であり、これら全体の経過を勘案すれば被告甲野はいわゆる背信的悪意の取得者といわざるを得ず、同被告は原告の本件土地取得登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者には該当しないものというべきである。したがって原告は被告甲野に対し登記なくして本件土地所有権取得を対抗できるといわねばならない。

四  以上のとおりであって被告甲野は原告に対し本件土地につき同被告のためなされた主文第一項掲記の所有権移転登記の抹消登記手続をなすべき義務があり、被告鴨下は原告に対し、原告から売買代金七一五万円の支払を受けるのとひきかえに本件土地につき所有権移転登記手続の履行をなすべき義務ありといわざるを得ず、原告の本訴請求は正当として認容さるべきである。

第二昭和五二年(ワ)第一三三四号事件について

被告甲野が本件土地につき、その所有権取得をもって、原告に対抗し得ないことは既に(第一の三の2の(3))明らかにしたとおりであるから、その余の争点に判断を加えるまでもなく、被告甲野の本訴請求は失当であり、棄却を免れない。

第三昭和五二年(ワ)第一五六八号事件について

前記和解は錯誤により無効であるとする被告鴨下の主張が理由がないことは既に(第一の三の1)明らかにしたとおりであるから、同被告の本訴請求も、また、失当として棄却を免れない。

第四結論

よって昭和五二年(ワ)第一一一四号事件につき原告の請求を認容することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九三条をそれぞれ適用して被告甲野、同鴨下両名の負担と定め、同年(ワ)第一三三四号事件につき被告甲野の請求を棄却し、訴訟費用については同法第八九条を適用して同被告の負担と定め、同年(ワ)第一五六八号事件につき被告鴨下の請求を棄却し、訴訟費用については同法第八九条を適用して同被告の負担と定め、主文のとおり判決する。

(裁判官 麻上正信)

〈以下省略〉

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